カテゴリ
■トップ/こちらからどうぞ! ☀イベント・見学会 ■プロフィール ☎丸谷博男の住宅・講座 ✰エコハウス「そらどまの家」 ♨エコハウス研究会 ☞「終の住処」 ーーーーーーーーー ■最近手がけている仕事 ■最近竣工した住宅 ♥作品1宮城野山荘 ♥作品2吉井町の家 ♥作品3永福町の家 ♥作品4照葉の家 ♥作品5桜坂の家Ⅱ ♥作品6西ヶ原の家Ⅱ ♥作品7新取手の家 ♥作品8広島のモデルハウス ♥作品9老人保健施設 ーーーーーーーーー ⌘オープンデスク、研修制度 ⁂日本の照明homearchi ☗建築・デザイン ♫自然素材の表現 ●伝統工芸・職人 ♠GREEN MAP ♣まちづくり・まちおこし ◆その他 ❖こんなマンションがほしい ●海外旅行レポート ☃国内旅行レポート ☖遠友夜学校 ⓙj-sense ーーーーーーーーー ☀☁☂☃我が家の物語 ♥その他の住宅作品 ♥♥店舗作品 ♥♥♥病院・診療所 ♥♥♥♥障害者、保育福祉施設 ーーーーーーーーー ♥作品10防府の家 ♥作品11上連雀の家 ♥作品12九品仏の家Ⅱ ♥作品13大泉学園の家Ⅳ ♥作品14吹上げの家 ♥作品15白子浜の家 ♥作品16田端の家 ♥作品17九品仏の家Ⅰ ♥作品18柳川外町の家 ♥作品19富ヶ谷の家 ------------------- ♥作品20唐津の家Ⅰ ♥作品21唐津の家Ⅱ ♥作品22桜坂の家Ⅰ ♥作品23ひまわりの家 ♥作品24柳川の家 ♥作品25新座の家 ♥作品26尾張旭の家 ♥作品27亀有の家 ♥作品28和泉多摩川の家 ♥作品29田代山荘 ーーーーーーーーー 環境共生の試み 資料・自然素材 資料・建築技術 ーーーーーーーーー ♥作品30宮坂の家 ♥作品31前橋の家 ♥作品32和泉多摩川の家 ♥作品33本天沼の家 ♥作品34石神井町の家 ♥作品35籠原の家 ♥作品36駒沢の家 ♥作品37狛江の家 ♥作品38西ヶ原の家Ⅰ ♥作品39千石の家 ーーーーーーーーー ♥作品40上北沢のモデルハウス ♥作品41鎌倉山の家 ♥作品42浜田山の家 ♥作品43秩父の家 ♥作品44日本料理おく村 ♥作品45新座の家 ♥作品46漬物屋「角源」 ◓北のデザイン・南のデザイン ♖お墓のデザイン ⏎リンク 新建・デザイン塾 東北関東大震災復興 大槌町音楽ホール「槌音」 大槌町エコハウス&エコタウン 以前の記事
2022年 05月 2020年 06月 2020年 02月 2019年 09月 2017年 12月 2017年 01月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 05月 2016年 04月 more... フォロー中のブログ
☆★この3月に出版しました!
「家づくり100の心得」彰国社刊
B6・196頁・定価1,890円(消費税込) ライフログ
検索
タグ
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
|
梅ヶ丘駅前ケヤキ広場は、梅ヶ丘に暮らす私たちの鎮守の森!!!
鎮守の森の木が伐られていく 2月28日午後1時すぎ、とうとう世田谷区は梅ヶ丘の「鎮守の森」を壊しに来ました。 40年間梅ヶ丘の人々と共に暮らしてきた「ケヤキ」、緑陰を提供し駅前の象徴/風景資産となってきた「広場」をなくしてしまおうというのです。それも、多くの住民が残して欲しいという意志(署名いただいた陳情書)を示しているのにです。 世田谷区には、民主主義がないのでしょうか。伐ってほしいという住民の意志は何処にもありません。 どうして、広場をなくして歩道を広げることになったのか。その詳しい経過も、とうとう北沢支所の吉村まちづくり課長は住民の願いを無視し説明されませんでした。とても残念なことです。 今、工事現場には10人ほどの警備員がいます。何のためでしょうか。今回の予算にはないはずのものです。1本のケヤキを救うお金に使うほうが住民の声に応えることになるのに、これも本末転倒です。税金の無駄遣いです。 私たちは、この鎮守の森が再び蘇ることを願って、街づくりを続けていきます。 下北沢への地下化の工事が進み、線路跡地の利用が課題となってきます。この跡地が、梅ヶ丘の南北を繋ぎ、一つの街となっていくことが見えてきました。また、改札口脇の高架下に小田急系のスーパーマーケット「OX」が入ってくるといううわさも広まっています。梅ヶ丘が歩行者優先の街路を保ってきたのは、車で買い物にくるようなスーパーがなかったからなのです。地元商店街が元気でいられることが、地域が豊かで美しくいられる大切な条件です。 これまで、梅ヶ丘の街づくりは、関心をもっている人がたくさんいるにもかかわらず、そのような場がありませんでした。私たちは、そのような場をつくっていくつもりです。 もちろん、商店街の方々も御参加ください。梅ヶ丘の宝は住宅と商店とがほどよく混在しているところに価値があるのですから。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2005/3/1朝日新聞より 「反時代的密語—理想の旗を高く掲げよ」梅原 猛(哲学者) この文章、大変感激して読ませていただきました。 (前文略) 京都議定書の発効において、日本がアメリカとヨーロッパ諸国の調停を行うべく粘り強い努力をしたことは一応評価できるが、私はそれだけでは不十分であると思う。 なぜなら、日本ほどこの問題において積極的に発言できる国は世界のどこにもいないからである。 この議定書が日本で、しかも京都において採択された意義は大きい。 京都は、平安仏教すなわち天台仏教と真言仏教を総合し、しかも浄土、禅、日蓮などの鎌倉仏教の思想的根拠を与えた天台本覚論は、動物ばかりか植物すら、すべての生とし生けるものに仏の性があり、それらはやがて仏になれるという思想である。 この思想こそ、約一万二千年前に農耕文明が起こる以前の狩猟・採集時代の人類の普遍的な哲学であったと思う。 農耕文明が始まって人間を特別なものとする思想が生まれ、それが理性によって人間の他の生物に対する優越性を示すプラトンの哲学になる。この哲学はキリスト教に受け継がれ、人間の他の生物に対する支配権を主張する思想となる。キリスト教では、人間の上に神があったが、デカルト依頼の近代哲学では、人間が世界の中心に座り、自然に対する絶対的支配権を行使する。 このような近代思想に別れを告げ、人間は本来他の生とし生けるものと同じものであり、そのような生とし生けるものと共存することを人間の使命と考える原初的人類の哲学に帰らねばならないと私は思う。 柳田国男は、山の神、すなわち森の神は田植えとともに山から下りて田の神となり、そして稲刈りが終わるとまた山に帰るという。日本の神社には必ず森がある。日本人は縄文時代以来ずっと、神は森に住むと考えてきた。 ところが、最初に都市文明をつくったシュメール人は、ギルガメシュ王が森の神を殺すという語で始まる「ギルガメシュ」という世界最古の叙事詩を残した。そして以後も、西洋社会はこのような思想に従って森を壊して文明をつくった。 しかし、日本ではそのような森の神殺しは起こらず、森の神は少なくとも江戸時代の終わりまでは健在であった。 西洋の近代文明の移入とともに日本の森の神も厳しい運命を迎えたが、それでも日本は先進諸国のなかで唯一、国土の三分の二を占める森を有する。このような国は誇りをもって、二十一世紀以後の文明の最大の課題である環境問題において先頭に立つことができるはずである。 戦後、日本人はエコノミック・アニマルといわれ、世界中の人からバカにされてきた。そして現在でも日本人はいつも勝者にペコペコする、何らの定見のない民であると軽くみられている。それは残念至極なことである。私は、今こそ日本は環境立国の旗を高々と掲げ、伝統にもとづく日本の理想を世界に示すべきときであると思う。
by h.maruya
| 2005-03-01 08:53
| ♣まちづくり・まちおこし
|
ファン申請 |
||