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びっくりするような本物の世界「和」が広がる。
そこではあったかあ〜い人のコミュニケーション。 ![]() ![]() ![]()
普通の豆腐屋が、大切にする時間と空間。
そこに食の世界が広がります。 ![]() ![]()
2006年4月9日(日)は、世田谷区民にとってとても大切な日でした。
「戦後のまちづくりの転換点」と言える一日だったのです。 世田谷区の住民参加のまちづくりは、全国の自治体に注目され 今では、「ワークショップ」「まちづくりセンター」が全国に広まっています。 その世田谷区が、区長が代わるとともに商店組合・町会による住民参加という旧態に戻し、さらには現実の街とは整合しない昭和20年代に策定された都市計画道路を、突然通そうとしているのです。 それも、世田谷区内で最もヒューマンで活気のある下北沢に。 今や、世界では旧中心市街地が、新たな歩行者空間として再生紙にぎわい始めています。車社会からの発展として、車の中心市街への様々な規制を作り上げています。 日本でも、火事で大きな被害を受けた大阪の法善寺横町、歴史ある京都の先斗町など、道路幅3m以下を維持したまま魅力的な街を残しています。防災は道路ではなく、建築の方に問題があるのです。防災のために道路を広げるというのは大きな間違いです。 阪神大震災の時には、大きな道路、けして機能しませんでした。「崩さない、火を出さない」ことの方が遥かに有効です。 そして、都市の経済を考えた時、26m幅の都市計画道路が果たす破壊は破格です。 昨日のシンポジウムは、おなじみの著名人勢揃いでした。皆さんボランティアです。 都市計画、道路行政、都市史、建築の分野では超一流の方々です。 「これだけそろって、何も起こらないとしたら」もう世田谷区はだめだ・・・ そんな声まで聞こえました。まさしく、日本の知恵が集まったのです。 おそらく20年に一度くらいの、知恵の集合でした。 世田谷区の職員にとって、今、姉葉問題よりも遥かに影響力のある責任とプロフェッショナルが問われているのです。 この集会では、最後に緊急アピールを採択し、世田谷区へ提出することにしました。 ■専門家の共通したご意見は、 ・歩行者優先の、歴史的地区として残すべき。 ・大資本、大店舗がきわめて少ない個性ある町。経済的にも多様であるということ、そして奥深いため安価な店舗もあり、小資本でも進出できる。それが下北の魅力となっている。 ・昭和21年の計画をそのまま造るのは、本末転倒。 ・道路は2.7メーターのままでも良い。防災は、建築の方が大切。 ・既存組織との融和を計り、合意形成を幅広くすすめること。 ・道路は造る必要ない。造れば交通量が増えるだけ。むしろ。ない状態は車利用を抑制している。 ・小田急線が地下化したにも関わらず、道路は昔の計画のまま。それは問題外。 ・小田急線が地下化して生まれる、地上の軌道の利用を地域ぐるみで計画すべき。面白い町になるはず。 以上のようなご意見でした。 詳しくは、主催者のホームページでそのうち報告されると思います。そちらをご参照ください。 ● ● ● ● 下北沢フォーラム 事務局 TEL 03-3414-8568 FAX 03-3413-7784 E-mail info@shimokitazawa-forum.net HP: http://shimokitazawa-forum.net/ ■2006年3月23日下北沢シンポジウムvol.2「シモキタらしさを守り育てる」 シャレットワークショップによる地区計画代替案の発表と、 専門家による緊急アピール 第3回目のシャレットワークショップも無事終了し、現在市民案(代替案)を急いで策定中です。その発表もかねたシンポジウムを4月9日に開催いたしますので、できるだけ多くの住民や商業関係者の方々のご参加をお待ちしております。 -------------------------------------------------- 日時:2006年4月9日(日)14:00〜17:00 場所:代沢小学校体育館 (下北沢駅下車、茶沢通りを三軒茶屋に向け10分ほど歩いた左側) 主催:下北沢フォーラム 第一部:シャレットワークショップによる地区計画代替案の発表 第二部:専門家を交えた意見交換と緊急アピール -------------------------------------------------- 現在、世田谷区下北沢駅周辺地区では、小田急線の地下化、都市計画道路の事業化、地区計画の策定など、大きく街の構造が変わろうとしています。ヒューマンな街のスケール、個性ある店舗の集積、路地による回遊性、音楽や演劇の文化など、下北沢が持つユニークな魅力については、2005年7月に開催された1回目のシンポジウムで確認を行いました。 その後、北沢2丁目地区を中心に約3000名の住民に対しアンケート調査を実施し、約1200名の回答者のうち約60%の方々がこれらの計画を見直すべきであるとの意見を表明していることが分かりました。現在、市民と専門家が協働する「シャレットワークショップ」の場で地区計画の代替案を策定しています。 本シンポジウムでは、この成果を公開発表し、多くの市民の方々と専門家の方々からご意見を伺い、今後の街づくりのありかたについて、話し合いたいと思います。 ご関心のある方は、ぜひご参加下さい。 【参加専門家】 蓑原 敬(都市プランナー) 青木 仁(東京電力技術開発研究所) 大方潤一郎(東京大学教授) 加藤仁美(東海大学教授) 倉田直道(工学院大学教授) 小浪博英(東京女学館大学教授) 小林正美(明治大学教授) 小林博人(慶応義塾大学助教授) 司波 寛(都市計画コンサルタント) 陣内秀信(法政大学教授) 高見沢邦朗(首都大学東京教授) 中井検裕(東京工業大学教授) 二瓶正史(建築家・法政大学講師) 福川裕一(千葉大学教授) (アイウエオ順) 当日欠席でしたが、決議に賛同した方々 石川幹子(慶応義塾大学教授) 加藤 源(都市プランナー) 北沢 猛(東京大学教授) 国広ジョージ(国士舘大学教授) 佐藤 滋(早稲田大学教授) 西村幸夫(東京大学教授) 山本俊哉(明治大学助教授) 吉川富夫(広島大学教授) ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]()
現地は、まだまだ復興の真っ最中。
山間地では、非常に厳しい状況を感じます。 養鯉業など、再会までの道はまだまだ大変な道のりを感じてきました。 一般車両はまだ入村できる状況ではありませんでした。 倒壊したままの家屋、道路付けが無く重機が近寄れない。(山古志村) ![]() ![]() 山古志村の中心部は、役場は無事だったものの周りの地盤はすっかり地崩れしてしまった。 ![]() 養鯉御殿も、傾き、今は誰も住んでいない。 ![]() 一見、たいしたこと無いと思ったら、中は悲惨な状態。木材は立派でまだ使えそうですが、これも解体されていくはず。 ![]() 小舞壁が、剥離してしまい、すっかり傾いてしまっている。大工さんたちが言っていました。通しホゾや長ホゾは良かったが、込栓はかえって木材を破壊してしまっていたと。 ![]() ![]()
長浜の今をご紹介します。
江戸時代からの町家も珍しくありません。 北国街道です。 左の紫色の旗が「芋平」というお店。「元氣や」が経営しています。 ![]() ![]() ![]() ![]() 町の人々への 生活にアートというアクションです。 ![]()
第三セクター黒壁の動きが 旧市街に元気をもたらし
観光客が年間30万人だったものを 十年足らずのうちに200万人を超えるものにした。 今、その黒壁が盛期の勢いを失なっているという。 私が長浜を初めて訪問したのが1993年の4月14,15日だった。 「長浜デザイン工房 元氣や」は そのときから始まった。 テーマは、地場産業の「絹」。 とても難しい課題だった。半分成功し、半分失敗したのが 今の気持ちです。 この週末29日(日)、早朝7時頃。町中を隅々歩きながら この十年を思っていました。 ![]() ![]() ![]() ![]()
2年ほどかけて棚田を男の遊び場にしています。
母屋は作業小屋と称し、キッチン、囲炉裏場、作業台、そして人が入れるような大きい冷蔵庫が2台、外には竈(カマド)があります。 棚田内には、鯉、ヤマメの生け簀もあります。 昨日は、友人二人をお連れして、チーズ、生ハム、サラダ、そして現地調達のものは蕪4本とビール、地酒でした。 蕪は塩茹でだけで葉っぱも一緒につまみにしました。 その味が一番。棚田の味がしました。 完全に無農薬にもかかわらず、本当に良く育つんです。不思議な棚田です。 ![]() 今日の晩餐会は、作業場で開催。ソバには万力や電子顕微鏡もあります。 ![]() 浴室棟から母屋の作業小屋を見る。遠くに鎮守の森がある。ここの祠は丸谷の仕事。 ![]() キッチンはプロ仕様。包丁の種類はすごい。 ![]() 浴室洗面室から渓谷を見る。 ![]() 棚田には佐賀大学と実験中の「田植えなし稲作シート」が敷き詰められている ![]() ![]() ![]() 渓流に面して懸崖づくりのように造られた浴室は最高。気持ち良く身体を天日干し。 裸でスノコの上に転がってしまいます。 ![]() 大きい冷蔵庫でしょう。扉に隠れたところにも同じ冷蔵庫があります。 ![]()
一昨晩、下記のような集会を楽しんできました。
その中で一番うれしかった出会いは、イギリス人の編集者でした。 東京のまちづくりが如何に非人間的か、明確におっしゃっていました。 十万部くらいのフリーペーパーです。是非ご覧ください。 ここでは、愛のある建築家丸谷博男は、戦う建築家になっています。 2005-04-10 【トーク・イベント「僕たちの下北沢を救え!!」】 東京・下北沢の再開発計画に反対&対案を出そうとしている人たちのイベントです。それを会議室でなくこういう飲み食いが出来る場所でやるってのが面白そう。僕も行きます。 お客さんの数にまだまだ空きがあるらしく埋めるために苦労しているらしいので、みなさんぜひ足を運んでみてくださいね。仕事の後にビール&つまみとトーク。 『Save the 下北沢』ホームページ:http://www.stsk.net/ =================== アースデイ・トーク 徹底討論! 「僕たちの下北沢を救え!!」 下北沢の無謀な道路計画に対し、シモキタファンが立ち上がった! さあ今こそ下北沢をみんなで救おう。 このたび、私たち“Save the 下北沢”は下北沢の問題をより社会性のある問題として提示すべく、新宿のロフトプラスワンにて多くのゲストを交えてのトークイベントに参加します。このイベントではマスコミへ広く呼びかけることも考えており、多くの参加者により、会が活気あるものになることが不可欠です。 会では、今までの活動の経緯も含め、この問題の抱える問題点を丁寧にわかりやすく説明するとともに、ゲストともに、熱いトークライブを行いたいと考えています。下北沢問題について、もっとよく知りたい方。今後の下北沢について一言言いたい熱い意思をお持ちの方の参加を希望します。是非ご友人とお誘い合せの上、ご来場ください。 日時:4月13日(水)、Open 18:30 / Start 19:30 出演:金子賢三、下平憲治(ともにSave the 下北沢) 小林正美(明治大学教授) チャーリー・スプレックリー(メトロポリス編集長) 丸谷博男(けやきを守る会)、他 費用:¥1000(飲食代別) 場所:新宿ロフトプラスワン(http://www.loft-prj.co.jp/PLUSONE/) 地図:http://www.loft-prj.co.jp/PLUSONE/map.html 出演者の関連ホームページ: ・小林正美氏 http://www.isc.meiji.ac.jp/~arch/labo/kobayashi.htm ・メトロポリス(英字フリーペーパー) http://metropolis.japantoday.com/ ・けやきを守る会 http://www.keyakihiroba.net/
梅ヶ丘駅前ケヤキ広場は、梅ヶ丘に暮らす私たちの鎮守の森!!!
鎮守の森の木が伐られていく 2月28日午後1時すぎ、とうとう世田谷区は梅ヶ丘の「鎮守の森」を壊しに来ました。 40年間梅ヶ丘の人々と共に暮らしてきた「ケヤキ」、緑陰を提供し駅前の象徴/風景資産となってきた「広場」をなくしてしまおうというのです。それも、多くの住民が残して欲しいという意志(署名いただいた陳情書)を示しているのにです。 世田谷区には、民主主義がないのでしょうか。伐ってほしいという住民の意志は何処にもありません。 どうして、広場をなくして歩道を広げることになったのか。その詳しい経過も、とうとう北沢支所の吉村まちづくり課長は住民の願いを無視し説明されませんでした。とても残念なことです。 今、工事現場には10人ほどの警備員がいます。何のためでしょうか。今回の予算にはないはずのものです。1本のケヤキを救うお金に使うほうが住民の声に応えることになるのに、これも本末転倒です。税金の無駄遣いです。 私たちは、この鎮守の森が再び蘇ることを願って、街づくりを続けていきます。 下北沢への地下化の工事が進み、線路跡地の利用が課題となってきます。この跡地が、梅ヶ丘の南北を繋ぎ、一つの街となっていくことが見えてきました。また、改札口脇の高架下に小田急系のスーパーマーケット「OX」が入ってくるといううわさも広まっています。梅ヶ丘が歩行者優先の街路を保ってきたのは、車で買い物にくるようなスーパーがなかったからなのです。地元商店街が元気でいられることが、地域が豊かで美しくいられる大切な条件です。 これまで、梅ヶ丘の街づくりは、関心をもっている人がたくさんいるにもかかわらず、そのような場がありませんでした。私たちは、そのような場をつくっていくつもりです。 もちろん、商店街の方々も御参加ください。梅ヶ丘の宝は住宅と商店とがほどよく混在しているところに価値があるのですから。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 2005/3/1朝日新聞より 「反時代的密語—理想の旗を高く掲げよ」梅原 猛(哲学者) この文章、大変感激して読ませていただきました。 (前文略) 京都議定書の発効において、日本がアメリカとヨーロッパ諸国の調停を行うべく粘り強い努力をしたことは一応評価できるが、私はそれだけでは不十分であると思う。 なぜなら、日本ほどこの問題において積極的に発言できる国は世界のどこにもいないからである。 この議定書が日本で、しかも京都において採択された意義は大きい。 京都は、平安仏教すなわち天台仏教と真言仏教を総合し、しかも浄土、禅、日蓮などの鎌倉仏教の思想的根拠を与えた天台本覚論は、動物ばかりか植物すら、すべての生とし生けるものに仏の性があり、それらはやがて仏になれるという思想である。 この思想こそ、約一万二千年前に農耕文明が起こる以前の狩猟・採集時代の人類の普遍的な哲学であったと思う。 農耕文明が始まって人間を特別なものとする思想が生まれ、それが理性によって人間の他の生物に対する優越性を示すプラトンの哲学になる。この哲学はキリスト教に受け継がれ、人間の他の生物に対する支配権を主張する思想となる。キリスト教では、人間の上に神があったが、デカルト依頼の近代哲学では、人間が世界の中心に座り、自然に対する絶対的支配権を行使する。 このような近代思想に別れを告げ、人間は本来他の生とし生けるものと同じものであり、そのような生とし生けるものと共存することを人間の使命と考える原初的人類の哲学に帰らねばならないと私は思う。 柳田国男は、山の神、すなわち森の神は田植えとともに山から下りて田の神となり、そして稲刈りが終わるとまた山に帰るという。日本の神社には必ず森がある。日本人は縄文時代以来ずっと、神は森に住むと考えてきた。 ところが、最初に都市文明をつくったシュメール人は、ギルガメシュ王が森の神を殺すという語で始まる「ギルガメシュ」という世界最古の叙事詩を残した。そして以後も、西洋社会はこのような思想に従って森を壊して文明をつくった。 しかし、日本ではそのような森の神殺しは起こらず、森の神は少なくとも江戸時代の終わりまでは健在であった。 西洋の近代文明の移入とともに日本の森の神も厳しい運命を迎えたが、それでも日本は先進諸国のなかで唯一、国土の三分の二を占める森を有する。このような国は誇りをもって、二十一世紀以後の文明の最大の課題である環境問題において先頭に立つことができるはずである。 戦後、日本人はエコノミック・アニマルといわれ、世界中の人からバカにされてきた。そして現在でも日本人はいつも勝者にペコペコする、何らの定見のない民であると軽くみられている。それは残念至極なことである。私は、今こそ日本は環境立国の旗を高々と掲げ、伝統にもとづく日本の理想を世界に示すべきときであると思う。 ![]() ![]() ![]() < 前のページ次のページ >
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